パッシェンデールの戦いから100年。

Photo by James Harris
第一次世界大戦中、1917年10月12日、パッシェンデールの戦い(Battle of Passchendaele)が始まりました。この戦いは、近代戦争の中でも悲惨な結果を残した戦いと言われています。
戦闘はイギリス、ANZAC(オーストラリアとニュージーランド連合軍)、カナダ、南アフリカからなる連合国軍対ドイツ軍の間で戦われました。

戦場となった大部分の地域が湿っぽく泥深い土地でかなり足場が悪くぬかるんでいたそうです。
そのため、戦闘の際には、ドイツ軍からの攻撃以外にも至る所に発生した底なし沼により、多くの兵士が溺死したのだそうです。
むしろ、戦闘による負傷で亡くなった方々よりも沼地にて溺死した人が多かったと言われるほど。

この戦いから100年経った、10月12日、ニュージーランド各地では、パッシェンデールの戦いで命を落とした人々に祈りを捧げました。
私も自宅近くで行われたセンテナリー(centenary百年祭)に参加してきました。私たちは、先人たちが命を懸けて戦い、未来を切り開いてくれたからこそ、今を生きているのだということを忘れてはいけません。

式典の締めくく繰りの言葉が、”We will remember them.”でした。本当にそうです。忘れてはいけませんよね。

こちらは、ウェリントンで行われていた式典の様子です。

あと、そのセンテナリーで読まれた詩もご紹介します。Siegfried Sassoon(ジークフリート・サスーン)という英国の兵士が書いたもので、Memorial Tablet(メモリアル・タブレット)からの抜粋です。彼は、兵士でもありましたが、詩人、ジャーナリスト、回顧録の筆者など文筆家でもありました。

I died in hell – (They called it Passchendaele).
My wound was slight,
And I was hobbling back; and then a shell
Burst slick upon the duckboards: so I fell
Into the bottomless mud, and lost the light

Memorial Tablet (1918)
(http://www.universitystory.gla.ac.uk/passchendaele/)

私は地獄で死んだ(そこはパッシェンデールと呼ばれていた);
軽い負傷をして私は後ろによろめいた;
そこに砲弾が爆発し爆風が渡り板の上を舐めた;
そのため私は底無しの泥の中に落ち、光を失った

ジークフリート・サスーン
Wikipediaより

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