Battle of Gallipoli/ガリポリの戦い

先日、Te Papaミュージアムに行く機会がありまして、Gallipoli The Scale Of Our Warというエキシビジョンを見てきました。筆者としては、2度目なのですがやはり、受ける衝撃というものは前回と変わらず、戦争の痛ましさ、虚しさ、どうしようもないやるせなさをひしひしと感じます。このエキシビジョンは、ガリポリの戦いでのオーストラリアとニュージーランド連合軍に焦点をあてたもので、ニュージーランドで生活していく上では知っておかねばならないことだと感じます。お時間のある方はぜひどうぞ。

ガリポリの戦いとは?

オーストラリアとニュージーランドが本格的な戦争としては初めて海外遠征した戦い。
第一次世界大戦中、イギリス・フランス連合軍が同盟国側のオスマン帝国の首都イスタンブル占領を目指し、エーゲ海からマルマラ海への入り口にあたるダーダネルス海峡の西側のガリポリ半島(現トルコ領ゲリボル半島)に対して行った上陸作戦(1915年2月19日 – 1916年1月9日・・・8か月と2週間と1日)。

当時国家として末期症状であったオスマン帝国軍を軽んじた連合軍は短期決戦を想定して挑んだものの、後に新生トルコ共和国の初代大統領に就任することになるオスマン帝国の名指揮官ムスタファ・ケマル・アタテュルクの活躍をはじめ、敵の予想外の頑強な抵抗に遭い、連合軍は多大な損害を出して撤退、作戦は失敗に終わりました。

オーストラリア・ニュージーランド連合軍(ANZAC)は、1915年4月25日、イギリス・フランスの連合軍に参加。ANZACは、Australia and New Zealand Army Corps.の略。

戦いの流れ‐前哨戦、上陸作戦、膠着、撤退‐

前哨戦として、1915年2月19日と25日の二度にわたり英仏大艦隊による海上からの砲撃が行なわれました。悪天候とオスマン帝国の攻撃により連合軍の海軍力だけでの制圧を断念。
Anzac_the_landing_1915
1915年4月25日に上陸作戦が開始されることになりました。写真は、上陸時の様子。
Anzac, the landing 1915 by George Lambert, 1922 shows the landing at Anzac Cove, 25 April 1915
ところが上陸作戦が開始される頃には、オスマン軍は上陸予想地点に兵力を増強し、堅固な陣地を構築して待ち構えていたため、イギリス軍が5か所に上陸するも反撃にあい撤退、結果的に3か所の海岸を確保するに留まりました。ANZAC軍はガリポリ半島北側のエーゲ海に面した名もない入り江に上陸作戦を敢行、オスマン軍の猛攻撃を受けながらも砦を確保、この入江は今日では「アンザック入江」と呼ばれています。

5月から7月にかけて連合軍、オスマン軍ともに何度も攻勢を展開するが、戦線が大きく動くことはありませんでした。上陸部隊を支援していたイギリス軍の戦艦が同盟国側の魚雷により撃沈されたため、連合国海軍は戦線離脱となりました。

8月に入って、新たに攻勢を試みるも進展は見られず、塹壕戦となりました。もはや、オスマン帝国領内への進撃は望めない状態となり、10月になると撤退への検討が始まります。
12月7日から順次撤退が行われ、1916年1月9日に最後の部隊も撤退が完了し、この戦いは終わりました。

死者・死傷者の数

同盟国側
オスマン帝国:戦死者56,643人、戦傷107,007人
連合国側
イギリス戦死者34,072人、戦傷78,520人
フランス共和国戦死者9,798人、戦傷17,371人
オーストラリア戦死者8,709人、戦傷19,441人
ニュージーランド戦死者2721人、戦傷4752人
イギリス領インド帝国戦死者1358人、戦傷3421人
カナダ戦死者49人、戦傷93人

これら数字以外にも塹壕戦の戦いにより、病死した兵士、その数、約140,000人とされています。
(https://en.wikipedia.org/wiki/Gallipoli_Campaignより)

アンザックデー

ガリポリの戦いの経過は従軍記者によって詳細に報道され、オーストラリア・ニュージーランド両国国民に大きな衝撃を与えるものでした。
両国では、毎年4月25日、第一次世界大戦のガリポリの戦いで勇敢に戦ったオーストラリア・ニュージーランド軍団(ANZAC)の兵たちと、当時国の為に尽力した人々のために追悼を行う国民の祝日としています。
この日には、各地で追悼の意を込めた式典が行われています。
Gallipoli-Peninsula
ガリポリ・コーヴ(ANZACが上陸した入り江)近郊の “Anzac Commemorative Site” :多くの追悼者が毎年慰霊・鎮魂の為に訪れています。

Anzac poppy
イギリスやイギリス連邦において、赤いヒナゲシ(poppy)が戦死者追悼の象徴とされており、アンザックデーには、このポピーをかたどったブローチをしている人を多く見かけます。イギリスでは、毎年11月に開催される、戦死者を追悼する日「リメンバランス・サンデー」での着用がメインですが、ニュージーランドでは、4月25日のANZACデーで見られるのが一般的です。(http://www.nzhistory.net.nz/war/anzac-day/poppies)

Museum of New Zealand Te Papa TongarewaでGallipoli The Scale Of Our Warが開催中

Te Papa
ウェリントンにあるTe Papaミュージアムでは、Gallipoli The Scale Of Our Warが開催中です。8か月にわたるガリポリの戦いをTe PapaとWeta Workshopが一緒になって作りあげた渾身のエキシビジョンになっています。

軍の医療部門に参加した女性も多くいました。戦地にいる兵士に向けて手紙を送るも”Killed,return to sender”として手紙が返ってきてしまうことは珍しいことではなかったのです。
woman-sculputure

Te Papa WEBサイト:http://www.gallipoli.tepapa.govt.nz/

ポチっとしてくれたら励みになります! → 
にほんブログ村

関連記事

唯一日本からNZへ出ている直行便!

インターシティバス 検索

円で入金!海外専用プリペイドカード!


海外で使う現金って、どうしてますか?答えは 「MoneyT Global」入会費・年会費・口座管理手数料、カード発行手数料無料。クレジットカードではないので、入会審査いらずで誰でもカードを作ることが出来ます。

ピックアップ記事

ニュージーランドを国内長距離バス (インターシティ バス)で1人旅に出かけよう!

ニュージーランドは、長距離バスの交通網が発達しているので全国主な観光地へは、長距離バスでアクセスができ大変便利です。特に気ままにひとり旅をし…

おすすめ記事

海外旅行・ワーホリ保険

海外では、医療費の常識が日本と大きく異なります。留学・ワーホリ保険ならAIU保険がおすすめです。AIUの海外旅行保険は、各種保険プランからしっかり比較検討できます。歯科治療費用を保証するタイプもあります。
ページ上部へ戻る